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  • 報恩抄と祈雨のこと ①

  • 投稿者:モウ
  • 投稿日:2016年 1月29日(金)02時50分22秒
 
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祈雨のことは、実は報恩抄に詳しい。その報恩抄の送状には、こう言われている。

「親疎と無く、法門と申すは、心に入れぬ人には言わぬ事にて候ぞ」(P330)
(意訳:真摯に受け止める余裕のない人には、これらの法門の内容を語るな。)

厳しくも、大聖人は、報恩抄の中で、法門について詳しく語られているのだ。
では報恩抄には、祈雨について、どのように書かれているのだろうか。やはり謗法の人間
が祈ったところで、雨は絶対に降らないと書かれているのか。いや、そうではない。

昔の中国に光宅寺の法雲という僧侶がいて、彼が中国で最初に法華経をおとしめたのだ。

「法華経はいまだ仏理をきわめざる経と書かれて候」(P298)
(意訳:法雲という僧侶が、法華経は究極の真理を説く経典ではないと布教した。)

そんな彼が人望を得たのは、大旱魃の時に雨を祈って降らせたことによるのだと。
講義中に突然に目の前で雨を降らせたという。天子も感激し、大成功だったのだ。

「此の人の御義仏意に相ひ叶ひ給いければこそ、天より花も下り雨もふり候けらめ、かか
るいみじき事にて候しかば、漢土の人人さては法華経は華厳経・涅槃経には劣にてこそあ
るなれと思いし」(P298)

(意訳:中国の人たちは、法雲の教義が正しいから、天より花も雨も降ったのだと思った。
そうして法華経は、華厳経や涅槃経より劣った経典なのだと広く理解された。)


その後に中国の地に、天台大師が登場して、法雲の邪義を法門の上から打ち破っていく。
しかし天台宗も法雲が経典を読み雨を降らせた事実は認めているのだ。大聖人も同様だ。

「光宅が忽に雨を下し須臾に花をさかせしをも、妙楽は、「感応此の如くなれども猶理に
称わず」とこそかかれて候へ。されば天台大師の法華経をよみて、「須臾に甘雨を下せ」
伝教大師の三日が内に甘露の雨をふらしておはせしも、其をもつて仏意に叶うとはをほせ
られず
」(P319)

(意訳:法雲が雨を降らせた事実に、妙楽大師は、「なるほど。ちゃんと雨が降ったね。
でも彼の法門のほうは理に合わないからね。」と平然と言っている。だから、天台大師が
すぐに雨を降らせたときも、また、伝教大使がすぐに雨を降らせたときにも、それらの雨
をもって、仏意に適うなんてことは、彼らのうちの誰も言われてはいない。)


ここでもう、全ての結論が書いてしまった。
この大聖人の言葉を真摯に受け止めてみよう。
そんなことで仏意に適うかどうかなんて、ちゃんちゃらおかしいのだ。天台も伝教も雨を
降らしたからといって、自分たちの法門が正しいなんて言ってないんだよと。
法雲もそうだけど、雨を降らせたからといって、それで法門が正しいとは言えないよね。
それを根拠にして、仏意にかなっているんだなんて、そこまで言える人はおかしいんだ。
そう言ってるの。

では誰がそう言っているのか。大聖人ではなく邪宗の人たちが、そう言ってるのだ。
だから、彼らのその愚を打ち破ることが主眼なのだ。間違ってはいけない。

それなのにだ。御書も読まずに、勝手に大聖人の思想を作る人は、これまた傲慢なのだ。
それでは真実にたどり着くことはない。祈雨の勝負で勝ったことが、大聖人が仏である根
拠になりえるかのように言う人は、
大聖人とは正反対のことを言ってるのだ。



報恩抄では、この途中で、祈雨のことに次々に触れらている。まず有名な真言宗の三人の
開祖、つまり善無畏、金剛智、不空が、それぞれ祈雨を行ったことが述べらている。
先ほどの法雲と違うところは、彼らの場合、雨は降ったけど、三人ともすぐに大風が吹い
て多くの家屋を荒らして人々を苦しめたのだと。金剛智と不空の二人は、天子も最初は喜
んだけど、その大風に困って興ざめ、二人とも追放の処分となったのだそうだ。だから雨
さえふればいいのではないのだと言われている。

しかも別件だけど、この金剛智という人は、祈願する時に、幼い子供を人身御供として薪
にくべて燃やしたのだ。はたして、こんなのが仏法なのかって!?

「結句は姫宮の御死去ありしに、 いのりをなすべしとて御身の代に殿上の二女七歳にな
りしを 薪に・つみこめて焼き殺せし事こそ無慚にはおぼゆれ、 而れども・姫宮も・い
きかへり給はず」(P316)

(意訳:金剛智三蔵は、天子の王女が病死すると、それを生き返らせる祈りが出来るのだ
と言って、位の高い二人の七歳の女の子を選び、その二人を薪に積み込んで焼き殺した。
もちろん、王女も、そしてまた二人の女の子も生き返ることはなかった。)


本当に、こういうのを祈ることが仏法だなんて、はなはだしい誤解だ。そもそもこの金剛
智は、生き返らせる自信があったのか。それを突き詰めて考えると、真言宗の開祖という
のがいかに、いい加減な人物であったかが手に取るように分かると思われる。


これらの真言宗の開祖の三人は過去の人だったけど、次に大聖人の時代の真言師で、法印
という名前の人の話になる。文永十一年に祈雨を行ったところ、やはり雨が降ったけど、
その直後に、まだ初夏だというのに台風のような嵐になって死者が多くでたとのことだ。
この顛末は重要なので最後にもう一度ふれるつもりだけど、ここで注目したい点は、真言
宗の開祖の三人と同じ祈雨の結末、つまり大雨は降ったけど、大風も同時に来て国土を荒
らしたことについて、大聖人はどう言われたのか、そこを見つめよう。
「ほうら、真言宗は大風が来る傾向があるのだ」とか、悟りを得たような物知り顔で言わ
れたのか。否である。ここまで現証が一致していたら、普通ならそう言いいたい所だが。
だけど大聖人は、こういうふうに面白く、言われている。

「雨のいのりに吹きたりし逆風なり、善無畏金剛智不空の悪法をすこしもたがへず伝えた
りけるか心にくし心にくし。」(P317)

(意訳:大風まで吹いたのは、真言宗の開祖の悪法をそのまま伝えているようだ。法印の
演出は実に心憎いね。)


疑問形だ。嫌みとして述べられてるので、悟ったような発言より、こっちのほうがよほど
耳に届くけど、皮肉の表現に留めていることに注意してほしい。この表現は重要だ。


次には日本の真言宗の祖、弘法大師の話になって、この人の場合、大聖人が暴いた記録に
よると、彼の祈雨の伝説というのは、天長元年のことなのだけど、実は祈雨を命じられて、
全然、降らなかった日が三週間も続いたのだ。その後、三週間が過ぎてようやく降り出し
た雨を、真言宗は、四百年間も、弘法大師が祈ると雨が降ったのだと伝えてきたのだ。
その他、弘法大師の虚偽に数多く触れられているが、雨に関してだけ言えば、種々御振舞
御書にある大聖人の言葉にそのまま言い表されている。

「弘法は三七日すぎて雨をふらしたり、此等は雨ふらさぬがごとし、三七二十一日にふら
ぬ雨やあるべき設いふりたりともなんの不思議かあるべき」(P922)

(意訳:三週間が過ぎて雨が降ったって、三週間もたてば雨が降らないなんてことはない
し、こんなので降っても何の不思議があるというのか。)


大聖人の見解は、現実を見据えている。降ったところで「なんの不思議かあるべき」だ。
真言宗の修法などどうでもよい。ただ都合よくは降っていなかっただろという視点だ。
それを誤魔化してすごいことのように吹聴していた真言宗が虚偽だったというわけ。
世の中の人は、空海を偉い人だと思う人も多いけど、この報恩抄の虚飾を知るべきだね。


そして、この後も、雨を思い通りに降らすことの不思議さは、どんどん格下げされる。

「いうにかいなき婬女破戒の法師等が歌をよみて雨す雨を三七日まで下さざりし人はかか
る徳あるべしや是」(P319)

(意訳:普通の女性が歌を詠んで雨を呼んだという故事があるではないか。それを三週間
も呼べない人に、どうして特別な法力なんかがあるなどと言うのか。)


これも御書では何度もみる表現だ。もう仏法でも何でもない、そこいらの人でも出来るこ
となので、それが法が正しいことと直結すると考えるなら、大いな誤りなのだと。

このニュアンスが分かるだろうか。仏法は勝負を先とはする。法を正しく行じた現証が大
切なのは言うまでもない。だが意味が異なる。法を修行して、積み上げた現証は自分が人
生で関わってきたこと、現実に変えてきたこと、選択し、決断し、見守り、耐え、考え、
勇気を出し、人と関わり、人知を尽くし、それらの結果にもたらされた現証は、まちがい
なく自分の人生の一部だと言える。

法が正しいかどうかを現実の結果でみるとはそういうことだ。
例えば勉強を決意し、結果、有名大学に合格すれば、最初の決意は正しかったと言える。
しかし大学に合格した姿だけを見て、決意の有無を想像することは難しい。ただの気まぐ
れで受けて合格したのかもしれない。その法門が人をどのように決意させて、途中の修行
がどんなだったの現実の過程を抜かしては、結果だけを以て法門の正邪を判別できない。

だから報恩抄では、こう述べられてるだ。単なる現象がすごいかどうかが正しさの判断基
準だったら、それだったらインドの外道は超常現象をいっぱい起こせたではないかと。
彼らは大水を自分の耳の穴にとどめたり、空を飛んだりとか。

「古の人人も不可思議の徳ありしかども仏法の邪正は其にはよらず、外道が或は恒河を耳
に十二年留め或は大海をすひほし或は日月を手ににぎり或は釈子を牛羊となしなんどせし
かどもいよいよ大慢ををこして生死の業とこそなりしか」(P319)

(意訳:外典の人の能力がすごくても、仏法の正邪は人を超えた現象で判断はしてはなら
ない。彼らは、河川の水を自分の耳の穴に収めたりとか、空を飛んで日月を掴んだりとか
も出来たとはいえ、慢心が強くて、苦しんだ人生を送ったではないか。)


でも彼らは、生死に苦しむ業から逃れることは出来なかったのだ。彼らは仏法を馬鹿にし
たけど、彼らのうち、誰も自分の生き方を満足のいくものに変えることはできなかった。
超能力があっても、でもそんなこと、全然、大したことじゃないだろって、結局、そうい
うことなのだ。

つまり、雨を降らすことが仏の格なのではなく、そんなちっぽけなことすらも出来ないく
せに、自分たちは自由に雨を呼べるから、自分たちの方が正しいと吹聴してるインチキ僧
侶たちを馬鹿にするという、ごくまっとうなニュアンスなのだ。

これが法門の正邪を厳しく見つめる大聖人の視点だ。