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Re: 神功皇后の存在

 投稿者:神奈備  投稿日:2017年 2月10日(金)08時05分29秒 ag091055.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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  > No.470[元記事へ]

初心者さんへのお返事です。

>神功皇后の存在の否定とは、「朝鮮半島へ出兵した女性権力者」の存在の否定という意味でしょうか?

 良長帯姫と言う人物は存在せず、伝承だけの人、架空の人と言う意味です。

>具体的な伝承の多さからは、非実在の人物と考えるには、無理があると思います。

 鋭いポイントです。ボチボチと考えていきましょう。


 A 仲哀天皇は橿日宮を行宮として、住吉大神の託宣を聞いた。

    筑紫国糟屋郡香椎郷の地には4世紀後半の古墳や製鉄遺跡が出土しており、古代では港に面した軍事拠点であり、韓半島への出兵の拠点であった。ここが巫女女王の大帯姫の伝承地となっていた。
 大帯姫の神威は海人を通して朝鮮半島にまで及んでいたものと思われる。この大帯姫が『播磨国風土記』に見るように、息長帯姫に結びつき、神功皇后の三韓征伐の物語に発展していったものと思われる。
 また、大帯姫の彦神である大帯彦(景行天皇)の熊襲退治の物語も姫神の神威によるものだったと思われる。

『播磨国風土記』から
播磨国印南郡 仲哀天皇が皇后と一緒に筑紫の熊襲の国を征伐のため下っておいでになったとき御舟が印南の浦にお泊まりになった。(『紀』とは違う九州行きである。)

飾磨国飾磨郡 因達と称するのは、息長帯比売命が韓国を平定しようと思って御渡海なされた時、御船前の伊太代の神がこの処においでになる。だから神名によって里の名とした。(射楯の神である、五十猛神である。水軍の祀った神)

播磨国揖保郡 宇須伎と名付けるわけは、大帯日売命が韓の国を帰順させようとして海を渡ろうとされた時、御舟が宇頭川の泊に宿られた。

 なお、息長帯比売命の新羅平定の話は、常陸、摂津 肥前 筑紫 の各国の風土記にも記載され、広く民間伝承として語り継がれていたようだ。

 
 
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