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蘇我氏

 投稿者:神奈備  投稿日:2017年 8月14日(月)11時13分46秒 ag089165.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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  1. 500年代前半までの古墳は百舌鳥・古市などの平野部に営まれていた。後半になって大阪府の東南部、太子町と河南町の谷合が王陵の谷とよばれる墓域になる。磯長谷(しながたに)古墳群である。またその南山麓には、蘇我一族の墓域と考えられている一須賀古墳群が営まれる。一須賀古墳群は100基を越える大型の群集墳で、500年代前半から600年代にかけて造営された。

 この山麓の南側に平石谷がある。谷の北斜面には、ツカマリ古墳、アカハゲ古墳など、終末期の切石造の古墳が点在している。

 シシヨツカ古墳が造営された平石谷には、この古墳以外にも終末期古墳としてツカマリ古墳、アカハゲ古墳が存在し、それらも最近の調査によっていずれも墳丘規模が数十メートルあるのが明らかにされているが高度な技術で鏡面加工した石槨をそなえ、サイズは推古陵や用明陵と同等である。磯長谷の王陵の被葬者と同じ時期に活躍した勢力の墓域と考えざるを得ない。
 
 
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