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蘇我氏4

 投稿者:神奈備  投稿日:2017年 8月20日(日)21時30分56秒 ag089165.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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  586 敏達天皇の崩御後、息長系の皇子・押坂彦人大兄皇子を無視して、敏達の弟の蘇我系の用明天皇を即位させた。
587 物部守屋と敏達天皇の弟・穴穂部王は三輪逆探索として用明の皇后の宮を兵に囲ませる。用明の死期を早めたとされる。
馬子の仲介で穴穂部王、用明に謝罪。守屋はすべてをかぶらされて、逆賊とされる。物部の財産を狙う絶好の機会が到来した。

炊屋姫の権威を利用して穴穂部王と宅部皇子を殺害する。

馬子、物部守屋討伐に全ての皇子を味方につける。背景に「逆らえば殺される。」がある。
泊瀬部皇子(崇峻天皇)は守屋退治の皇子達の先頭にたった。
守屋、死去。物部本家滅亡。財産は皇室(四天王寺建立)と妹とで分ける。

588 崇峻天皇即位。宮を山間部の倉梯に置き、大伴連の小手子を皇后的な妃とした。連の氏族からの妃は珍しい。馬子の言いなりにはならないとの宣言であろう。蘇我氏にとって危険な状況となった。
592 馬子、東漢直駒を使って崇峻天皇を暗殺させる。馬子の過剰な自己防衛である。さらに口封じに東漢直駒を殺す。馬子、どこふく風。

崇峻天皇は任那の速やかな復興を考えていた。征新羅論である。
百済の協力で新羅を攻めたい所が、馬子は百済の協力をとりつけて飛鳥寺の造営に力を注ぎ、今のところ百済の力を頼んでの新羅と戦うのは無理。飛鳥寺の造営と都の都市計画により中国から文明国家と認められて新羅より有利な立場に立つというロングレンジで進めるのか戦争するかの政策論があった。これが支配者間の内部分裂であり、暗殺の契機となった。
 
 
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