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  • 池田先生

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2015年 8月29日(土)19時24分15秒
 
「池田先生」スレでは、池田先生の指導や、先生の著書などを保管する為に、独立したスレとして立ち上げました。
牧口先生や、戸田先生の指導もアップしていきます。
三代の会長の素晴らしい指導を皆様、研鑽の糧として下さい。
宜しくお願いします!ヾ(^∇^)/では

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

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  • [6]
  • 御書根本の勝利道を

  • 投稿者:テンプ
  • 投稿日:2015年10月 3日(土)22時32分47秒
  • 返信
 
随筆 民衆凱歌の大行進 27 (2015年9月6日付 聖教新聞)
http://newfnet.blog62.fc2.com/blog-date-201509.html 引用元

御書根本の勝利道を

生命尊厳の大哲学を学び抜け!
尊極なる「心の財」を わが胸中に

この度の記録的な豪雨で被災された茨城、栃木、宮城、また埼玉、福島など各地の皆様方に、心からお見舞い申し上げます。
皆様のご健康と、一日も早い復興を祈ります。

日蓮大聖人は「わざは(禍)ひも転じて幸《さいわい》となるべし」(御書1124㌻)と仰せになられました。

甚大なる被害にご苦労は絶えないでしょうが、妙法の「変毒為薬」の功力は絶対です。どうか、断固と乗り越えてくださるよう、私も題目を送り続けてまいります。

師と法を求めて

御書には「妙とは蘇生の義なり」(947㌻)と説かれる。
戦後の大混乱の中で、昭和22年(1947年)の8月に仏法に巡り合った19歳の私も、初信の功徳として、この蘇生の力を深く実感した。

当時、私は肺病ゆえ、しばらく前から、仕事を辞めて休まざるを得なかった。しかし、入信した翌9月から、地元の蒲田工業会に採用され、再び働き始めることができたのである。まだ血痰が出たが、東洋商業(現・東洋高校)の夜間部へも通い、学んだ。

そんな折、私は、戸田先生が法華経の講義をされていることを知った。先生が戦時中、軍国主義と戦って投獄されたことを入信前に聞いて敬慕の念を強くしていた私は、もっと先生のことを知りたい、仏法を教えていただきたいと熱願した。

先輩に相談すると、入信したばかりで、まだ正式の受講者にはなれないが、聴講はさせていただけるという。
私は、一人決意して、西神田の学会本部に馳せ参じたのである。戸田先生の法華経講義は、第5期に入っていたようだ。

会場の一隅で、全身を耳にして聴いた法華経講義が終わり、感動の余韻さめやらぬ時であった。
戦前、幹部であったという夫妻が、戸田先生の前に正座したのである。居残っていた10人ほどの人は、粛然と、水を打ったように静かになった。

夫は、戦時中の学会弾圧で投獄され、耐えきれずに退転してしまった。妻は、夫が信念に殉ずるより、ただ早く帰ってきてほしいと哀願した。
二人は、戸田先生に、懺悔の思いを吐露するとともに、新しい決心で広宣流布のために働く覚悟を語ったのである。

だが、戸田先生の言葉は誠に峻厳であった。
「信仰は自由である。しかし、今後も学会には、さらに激しい弾圧の嵐がある。その時にまた、臆病に退転するようなら、学会の邪魔になる」と。

その厳父の声は、若き私の命に突き刺さった。
信仰とは、かくも強く深いものなのか!
師弟とは、かくも正しく厳しいものなのか!
この夫妻も、師の叱咤を抱きしめ、学会と共に信心を貫いていった。

戸田先生は、「難を乗り越える信心」を、学会永遠の魂として私たちに残してくださった。
いかなる大難にも障魔の嵐にも揺るがぬ勇気こそ、信仰の真髄である。

そして、そのために、先生は、〝剣豪の修行〟にも譬えられる、厳格な「行学の二道」の鍛錬を、学会精神の根幹とされたのである。

境涯を開く戦い

その後、戸田先生の事業が窮地に陥る中、師を支え、私は必死に戦い抜いた。それは御書を心肝に染めての闘争だった。

特に「観心本尊抄」は同志と共に取り組んだ。
日蓮大聖人が佐渡流罪の真っ直中で、万人成仏の原理を「受持即観心」として明かし、法本尊を開顕された重書中の重書である。

この折の日記には、「夜、『観心本尊抄』 の読み合わせ。いかに、事業難とはいえ、信心と教学だけは、忘れてはならぬ」との真情を記した。

一日、戦い切って、深夜、体を引きずるように帰宅し、御書を開いた。声に出して拝読し、感銘した御文を日記に書き写すと、確信が湧き、一段と祈りに力がこもった。不屈の闘志があふれた。

今でも、恩師の厳愛の声が耳朶に響いてくる。
「疲れた時にこそ、御書を拝読していけ!
たとえ一行でも、二行でもよい。御書を拝して、自らの境涯を、もう一歩、開くのだ」

広布の戦いの中で御本仏の大境涯に触れれば、わが境涯も開かれる。大空のように広く、大海のように深い、師子王の心を取り出していくことができるのである。

今月27日には「青年部教学試験1級」が、11月には「教学部任用試験」が実施される。
受験者の方々全員が「求道即勝利たれ」「人生凱歌の博士たれ」と、私は真剣に祈っている。

共に学び教える先輩方をはじめ、陰で支えてくださる皆様方に、心から感謝を申し上げたい。「冥の照覧」「陰徳陽報」は絶対である。

徹した人は強い

「観心本尊抄」といえば、東北は宮城の青年と学び合った思い出がある(昭和47年7月)。
「観心」とは、結論すれば「信心」である。

強盛な信心によって、鏡に映すように自分の生命を知り、胸中の宮殿を開くことができる。
そして御本尊を「法華弘通のはたじるし」(御書1243㌻)として、我らは、自他共の幸福と平和を、どこまでも広げゆくのだ。これが広宣流布である。

私は「広宣流布の総仕上げを!」と託した東北の若人たちに、「最後の総仕上げができるのは、地道に一つのことを繰り返した人です」とも訴えた。

青年時代に、「行学」に徹した人は強い。負けない。揺るがない。
御本尊を信受した若人は、必ず社会で地域で、朗らかに勝利の太陽を昇らせていけるのだ。

地涌の宝塔林立
今回、教学部任用試験の教材の一つになっている「阿仏房御書」には、こう仰せである。
「末法に入《い》って法華経を持《たも》つ男女《なんにょ》の・すがたより外《ほか》には宝塔なきなり」(御書1304㌻)

仏界の生命は、あらゆる人に平等に具わっている。妙法を持った誰もが尊極の宝塔なのだ。
宝塔の生命を輝かせることに、人種も、出自も、民族も、性別も、貧富も、何一つ妨げにはならない。そして一人ひとりが生命の輝きを放つことで、いわば 〝宝塔の林立〟によって、社会も、世界も、人間主義の大光で包んでいくことができるのである。

今、SGI(創価学会インタナショナル)では、世界の各地で教学研修会が開催されている。
ある一人のリーダーは、研修に臨んで、自らの父の体験を語った。

――十分な教育機会を得られず、字を書くのが苦手だった父が、教学試験を機に発心し、猛勉強を開始した。実践の教学を重ね、遂に「教授」になった。字も達筆と讃えられるまでになった。

地位や肩書など問わず、万人に「学びの場」を開き、正義と平和の「教授」を育て上げるのが、SGIの教学運動である、と――。

今夏も、アジア、南北アメリカなど各地で研修会が行われた。イタリア・ミラノ郊外での欧州教学研修会には、31カ国500人が勇んで参加。その6割が青年部である。

さらに今月、世界60カ国・地域から、SGI青年研修会のために、代表の若人たちが熱き求道の魂で集ってくれた。

今回は、世界の〝華陽姉妹〟 が、「行学の二道」に励んでつかんだ実証を語り合う体験談大会も、明るく意義深く行われた。

私は、世界広布のバトンを託すべき、宝の青年たちにお会いし、励まさずにはいられなかった。
本門の新時代を開き、人類の未来に「勇気」と「人材」と「団結」の光を送るのは、生命尊厳の大哲学を掲げる、若き創価の世界市民である。

行学二道を励め

この世における「最上の富」とは何か。
釈尊の答えは明快だ。

「信仰が人間の最上の富である」「智慧によって生きるのが最高の生活である」と。
内なる「最上の富」を、自他共に輝かせゆくために仏法がある。

大聖人が教えられた通り、「蔵の財《たから》」も「身の財」も大事ではあるが、それが即、幸福を約束してくれるものではない。しかし、「心の財」――心に積んだ福徳は、何ものにも崩されない。断じて壊されない。

生老病死の苦悩を打開する智慧も、常楽我浄の人生を開く勇気も、わが生命に具わっている。その内なる宝蔵を開け放つ修行が「行学の二道」であることを、あらためて確認しておきたい。

「自行化他の実践」と「御書根本」――この両輪で広布と人生の勝利の正道を進むのである。

さあ御書を繙き、世界最高峰の大思想を学び抜け! その確信と喜びを語れ! 人類が希求してやまない「平和の地球《ほぢ》」を、誇りも高く、共に創りゆこうではないか!

師弟して
御書のまま生き
黄金《きん》の道

釈尊の言葉は中村元訳 『ブッダのことば』 岩波書店。
読みやすいように、行間をあけさせていただきました。

  • [5]
  • 「法華経の智慧」如来寿量品より抜粋

  • 投稿者:テンプ
  • 投稿日:2015年 9月27日(日)20時06分46秒
  • 編集済
  • 返信
 
以前、クジラ様が紹介していただきました「法華経の智慧」をUPいたします!ビデオカメラ


「法華経の智慧」如来寿量品より抜粋

池田 その直りです。ただし、観念でわかるのと、実践でわかるのとは天地雲泥の違いがある。

ご飯を食べるのに、米と水の分量、燃料の用意など、理論はわかったとしても、わかっただけで、ご飯が食べられるわけではない。まったく別問題です。

たとえ理論で法華経がわかったといっても、広宣流布の行動がなければ、何にもならない。

いな、行動しないのは、仏法の真髄が、ちっともわかっていない証拠なのです。

反対に、むずかしいことはわからなくても、日夜、広宣流布のため、妙法のため、人のために奔走しておられる学会員は、理論を知ると知らざるとにかかわらず、生命の奥底から「無始の仏界」が涌現してくる。

何ともいえない歓喜と生命力、勇気と智慧が、ぐーっとわいてくる。

生命に染み通り、染みこんでくる。相の上でも、光を放ってくる。福徳に満ちてくる。

その事実の姿が、最高に尊い。また、そこに寿量品の「永遠の大生命の世界」が顕れているのです。
それが本当の「不死の境地」なのです。

目先のことでは、いけない。目先は「始成」論です。目先のことにとらわれず、永遠と宇宙を見つめながら生きるのです。

そのうえでの今世観が大事です。

永遠の上から見て、今世が一番大事なのです。

今世は短い。永遠から見れば一瞬です。

ゆえに今世を修行し抜いて、仏界の生命を打ち固めておくことです。
そうすれば、永遠に仏の境涯が続くのです。

だから今を頑張りなさいと言うのです。






  • [4]
  • 新時代第5回全国男子部幹部会から

  • 投稿者:テンプ
  • 投稿日:2015年 9月27日(日)20時00分55秒
  • 返信
 
新時代第5回全国男子部幹部会   投稿者:普通の人   投稿日:2015年 9月27日(日)14時40分35秒   返信・引用


   テンプさん、いつも大事な資料を、アップしてくれださり、感謝いたします。
今日は、私が先生のメッセージを、アップさせていただきます。

新時代第5回全国男子部幹部会
池田名誉会長のメッセージ 勇敢なる開拓精神で進め
2015・9・22聖教新聞より

  一、世界広布新時代に聳(そび)え立つ三代城で、堂々たる男子部幹部会、誠におめでとう!
 今、私の胸には、愛する北海天地の青春の大勝利宣言が轟き渡っております。
日本一の折伏、本当におめでとう!

 私の心は、愛弟子の諸君と共に歌い、共に舞い、共に太鼓を打ち鳴らし、共に勝ち鬨(どき)をあげゆく思いで、全てを見守っております。

 広大な北海天地の各地から集った皆さん、きょうを目指し、努力と挑戦を重ねてきた出演者の皆さん、誠にご苦労さまです。
また、宿命を大使命に変えた力強い活動報告も、陰で一切を支えてくれている役員の皆さんも、ありがとう!

 そして、この青年たちを真心から応援してくださっている、北海道広布の尊き父母(ちちはは)に、最大に感謝します。

 一、初代・牧口先生が線を引かれた御書の一節に、「師檀(しだん=師匠と弟子)となる事は三世の契り」(1070「秋元殿御返事」)とあります。

 まさしく三代城は師弟の城です。限りなく後継の青年が続く師子の大城です。

牧口先生も、第2代・戸田先生も、北海道で青春勝利の歴史を残しました。
第3代の私も、北海道の青年と共に、破邪顕正と広布拡大の大勝利の歴史を開きました。

 そして60年──。三世に渡る宿縁深き、北海道の後継の君たちが今、全国、全世界をリードする大闘争をしてくれていることほどうれしいものはない。

 一、日蓮大聖人は、「各各師子王の心を取り出(いだ)して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干(やかん)のほう(吼)るなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190「聖人御難事」)と仰せです。

 若くして妙法を持(たも)ち、創価の師弟に生きる君たちは、一人も残らず、師子です。
 諸君が「全ては勝利のために」と誇り高く掲げたように、いかなる悩みも困難も、全てを変毒為薬して、人生勝利のための糧(かて)としていけるのが、信心です。ゆえに、何があろうと、一歩も退いてはならない。

 どうか、南無妙法蓮華経の師子吼(ししく)を朗々と唱え抜いて、忍耐強く前へ前へと進み、職場でも、地域社会でも、広宣流布の戦いでも、徹して断じて勝利者となってもらいたい。
そして、勇敢なる開拓精神を漲(みなぎ)らせ、世界の模範と輝く青春勝利のスクラムを、思う存分、勝ち広げていってくれたまえ!

 一、生涯、北海健児の心を燃やし続けた戸田先生は、「未来は青年の腕にある! 若き力によってこそ大事業は成就する」と叫ばれました。

 私は、世界広布新時代の拡大の新潮流は、北海道から起こると期待しています。
いな、確信しています。

 健康第一、無事故第一、親孝行第一で!

 諸君を送り出してくださった、ご家族や地域の同志の皆さんに、よろしくお伝えください。
わが三代城の男子部に、希望あれ! 団結あれ! 勝利あれ!


  • [3]
  • 随筆 民衆凱歌の大行進(26)合言葉は「前進!」

  • 投稿者:テンプ
  • 投稿日:2015年 9月26日(土)16時21分17秒
  • 返信
 
池田先生の、大事な随筆 が、ありましたので、「池田先生」スレにUPいたします!ビデオカメラ

随筆 民衆凱歌の大行進(26)合言葉は「前進!」
2015/9/22聖教新聞

座談会から起こせ人材の金波
この8月24日、全世界の宝友が、広宣流布の拡大の息吹で、私の入信の日を祝賀してくださり、感謝に堪えない。
皆様から「68周年」と祝って頂いたので、「まるで68歳の誕生日のようだね」と言うと、妻は「その気持ちが若いですね」と微笑んだ。

確かに、わが胸には、戸田城聖先生の弟子として第一歩を踏み出した、あの19歳の夏の初心が今も明々と燃えている。

当時、私の座右の一書はゲーテであった。
彼は1749年の8月28日の生まれ。今の時節、あらためて文豪の言葉が蘇ってくる。
「われらはたゆまず活動を続けよう」――ゲーテが親しい友人に書き送った一言である。
その活力は、年齢を重ねても変わらなかった。

若き弟子エッカーマンは晩年のゲーテについて「つねに前へ、前へと進もうとする。たえず学びに学んでいる」と綴った。愛弟子の眼に映る師匠は「永遠にいつも変らぬ青春の人」であった。

「不老不死の妙法」と生き抜く私たちもまた、「生涯青春」「永遠青春」の生命で前進する。そのための最強のエンジンが勤行・唱題である。

朝な夕な、久遠元初の生命の太陽を胸中に輝かせながら、一日また一日を勝利していくのだ。
「祈りは心の希望を新鮮にする」。これも、ゲーテの深い言葉である。

新しき
生命(いのち) 燃やして
地涌の舞

今、日本全国の同志が新しい布陣を整え、はつらつと出発している。
新しい決意があるところ、新しい挑戦がある。あの地この地に、新しい地涌の友が登場し、新しい勇気と歓喜の波動が広がっていることが、何よりも嬉しい。

「世界広布新時代 躍進の年」も、いよいよ後半戦に入り、楽しく賑やかな「座談会」から、勢いよくスタートを切っている。

戸田先生も戦後、学会再建の歩みを、座談会を軸に始められた。
私の入信も、座談会への参加からである。

20人ほどが集う会場には、青年も、婦人も、壮年もいた。老若男女が、こうして一堂に会している姿自体が、私には驚きだった。

戸田先生は「立正安国論」の講義をされていた。

初めて耳にする仏法用語は難解であった。しかし、敗戦後の混迷を極めた社会にあって、苦悩の民衆を救い、平和の楽土を築かんとする大情熱は、新来の私にも烈々と伝わってきた。

その場には真剣に学ぶ熱気があった。それでいて、権威的で形式ばった堅苦しさは一切ない。闊達で、誠実で、率直で、和気あいあいとして温かかった。今も変わらぬ「創価の座談会」そのものである。

あの懐かしき8月の座談会から、道を求める無名の一青年が偉大な師に出会い、「正しき人生」を歩み出すことができた。座談会によって、わが青春の「新生」の大回転も始まったのだ。

民衆が創る小さな平和の集いの座談会!
小さくても大きな希望と幸福が光る座談会!

大いに友情を広げ、皆が元気に集い、わが地域の座談会から、広宣流布という真の平和建設へ、仲良く朗らかに新たな人材の金波を起こしたい。

思えば、日蓮大聖人は、法華経の行者として大闘争を開始された建長5年(1253年)4月28日の「立宗の日」を、忍難弘通の全生涯にわたって、不滅の原点となされていた。

弘安3年(1280年)にお認(したた)めの「諫暁八幡抄」には、こう記されている。
「今日蓮は去(い)ぬる建長五年癸丑(みずのとうし)四月二十八日より今年弘安三年太歳(たいさい)庚辰(かのえたつ)十二月にいたるまで二十八年が間又他事なし、只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり」(御書585P)

大法戦の起点の日――この日から、ただ一心に妙法流布のために走り続けてきたと仰せである。
「今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願しぬ」(同200P、「開目抄」)と誓言された通り、あらゆる大難を不退転で乗り越えてこられたのである。

この大聖人に直結し、死身弘法の信心を貫かれた戸田先生の分身として、私自身、来る夏、来る夏、8月24日を刻むたびに、勝利した姿で、恩師に報告するのだと決意してきた。

昭和30年(1955年)、あの北海道の「札幌・夏の陣」で、日本一の弘教を成し遂げて、晴れ晴れと戸田先生を大会にお迎えしたのも、8月24日であった。

一つの目標の達成は、新たな挑戦の始まりだ。

まだまだ戦う! まだまだ前進する! この心意気で、次の出発をする。
これが本因妙の精神であるからだ。


先駆の天地・九州で、8月24日を迎えた年もあった。
昭和51年(1976年)のその日は、第1回の「壮年部の日」。

私は、鹿児島で、わが戦友たちと共に、苦難にも断じて負けず、永遠に「初心忘るべからず」の気概で邁進する意義を、この日に留めた。

今年の夏、九州・沖縄などでは、台風による甚大な被害が出た。さらに鹿児島では、噴火活動で全島避難中の口永良部島や、警戒中の桜島など、大変なご苦労もある。被災地域の方々に、心からお見舞い申し上げたい。

入信から31星霜となる、昭和53年(1978年)の8月24日は、勇んで集われる同志を迎え、信越は長野の松本で、三度、勤行会を行った。あの第1次宗門事件の攻防が続く烈風の渦中である。

私は “一年一年、よくぞ生き抜いてきた” との入信以来の感慨を語り、「妙法は、一個の人間生命を根底から蘇生させゆく絶対の法則である」と、一切の大難を勝ち越える確信を申し上げた。

翌年の夏、私は一軒また一軒と、功労者の家を訪ねながら、共戦の誓いを分かち合い、同志の絆を強める戦いを起こしていった。もう一度、師弟の魂を燃え上がらせて、学会の発迹顕本を成し遂げ、21世紀の夜明けを開く決心であった。

長野研修道場の地元には、「八風山」と呼ばれる山がある。
30年前、麓(ふもと)の一本道を車で走った折、私はこの地で活躍される同志の奮闘を伺い、御書にちなんで “賢人の地区” との愛称をお贈りした。

その地区の皆様方が、今年も素晴らしい聖教新聞の拡大をはじめ、勝利と功徳の実証の報告を届けてくれた。

「賢人は八風と申して八(やつ)のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利(うるおい)・衰(おとろえ)・毀(やぶれ)・誉(ほまれ)・称(たたえ)・譏(そしり)・苦(くるしみ)・楽(たのしみ)なり」(同1151P、「四条金吾殿御返事」)

この御聖訓のまま、いかなる毀誉褒貶の烈風にも微動だにせず、苦楽を分かち、大法弘通に邁進しゆく賢人のスクラムが、いずこにも完璧に築かれている。

25年前、そして21年前に、8月24日を共に過ごした、わが東北の不撓不屈の賢人たちの大城も盤石である。

今年は、8月24日の意義を込めて、恩師の故郷・北陸で、全国男子部幹部会が意気軒昂に開催された。見事な日本一の弘教を飾った石川・富山の創価家族の行進に、私は大喝采を送りたい。

8月24日のその日、アメリカの男女青年部からも、目標を突破して、堂々たる人材の陣列拡大を成し遂げた大歓喜の一報が届いた。

世界中に、優秀な弟子をもって、これ以上の喜びはない。一人ひとりの地涌の友と、心の握手を交わし、一閻浮提広布の未来を託したいのだ。

かの民衆詩人ホイットマンは高らかに謳った。
「ぼくらひとりびとりが地球の永遠の目的を分け与えられ、
ぼくらひとりびとりが地上にあるどんなものにも劣らず神聖なものとしてこの地上にある」と。

一人の生命を、まさしく、かけがえのない最極の生命と輝かせていく哲理こそが、妙法である。
この妙法を、一人でも多くの世界の若人に語り伝えていきたい。

戸田先生は、 “全人類の境涯を最高の価値にまで高めたい” と願われ、慈折広布という壮大なるロマンに生き抜く喜びを教えてくださった。

私たちは自身の人生の勝利と、世界の平和のために、尊い金の汗を流していこう! 友情と同志の連帯の輪を広げ、自他共の「人間革命」の波動を広げていくのだ!

合言葉は「前進!」。
限りなく
心の財(たから)を
創りゆけ
今日も勇戦
今日も前進

*ゲーテの言葉はハイネマン著 『ゲーテ伝』 大野俊一訳、エッカーマン著 『ゲーテとの対話』 山下肇訳、『ウィルヘルム・マイステルの遍歴時代』 関泰祐訳(以上、岩波書店)、ホイットマンは 『草の葉』 杉木喬・鍋島能弘・酒本雅之訳(岩波書店)。


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  • 随筆 新・人間革命 輝け地区婦人部長

  • 投稿者:テンプ
  • 投稿日:2015年 9月 9日(水)16時16分28秒
  • 編集済
  • 返信
 
ピンクが好き様、案外おばちゃん様
婦人部の活躍があってこその、学会であります。婦人部の皆さまに感謝いたします!
池田先生の地区婦人部長を称えられる、随筆がありましたのでUPいたします!ビデオカメラ


随筆 新・人間革命 輝け地区婦人部長


戦う婦人(ひと)は美しい。

友の幸福を願う、懸命で清らかな生命の輝き。
思いやりの心が光る、晴れ晴れとした、また、生き生きとした人間の舞。

常に笑顔を絶やさぬ、偉大な母の顔。
今、皆が、「最も美しく、燃え輝いているのが、地区婦人部長、地区副婦人部長である」と、称賛し、見守っている。

この夏、私は、これまでの「地区担当員」を「地区婦人部長」に、婦人部の「地区幹事」を「地区副婦人部長」に改めるようにしてはどうかと、提案させていただいた。

その後、婦人部の執行会議等で協議され、決定をみたが、新名称を提案した、私の心情を記しておきたいと思う。

私は考えた。
 学会は今、二十一世紀へ、新しき離陸の時を迎えたが、誰が、各地区に新しき飛翔の風を起こすのか。

答えは明らかであった。
それは婦人部であり、なかんずく地区幹部の皆さまにお願いする以外にない。

ゆえに、その方々が、新しい心で、新しい気持ちで、新しい法戦を開始することを願い、新たな役職名を提案させていただいたのである。

「地区担当員」も、「地区幹事」も、ともに、長い伝統のある役職名であり、特に″地区担さん″といえば、婦人部の象徴であった。

しかし、「名は体を表す」という観点から考えると、「地区担当員」は、″担当″などという範囲をはるかに超え、″地区そのもの″といえる存在であった。

では、それに替わる新名称は何か。

地区の全責任を担ってこられた″地区担さん″は、実質に即していえば、「地区・会長」が、ふさわしいのかもしれない。

でも、そうなれば、「地区部長」の立場がない。
そこで、大幅に譲歩していただき、「地区婦人部長」とさせていただいたわけである。

学会には、全国の婦人部長もいれば、方面や県・区・圏、また支部の婦人部長もおられる。

それは、組織の機能上の役割の違いであり、信心の上下を意味するものでは決してない。

県・区・圏であれ、地区であれ、「婦人部長」に求められる信心、広布の責任感、行動力は、全く同じである。

私は、全国の婦人部長になるべき信心の資格をもつ方々が、地区婦人部長として、活動してくださっていると思っている。事実、そうした学会であるからこそ、強いのである。

私の妻は、結婚後、しばらくの間、蒲田支部・目黒班の班担当員をしていた。

当時は「班」のなかに、幾つかの「組」があり、「班」は、今日の「地区」に相当したといってよい。

妻は二十代であり、組担当員さんも、班員さんも、皆、年上であった。

だからこそ、若い自分が人一倍働こうと、いつも笑顔で、折伏に、友の激励に、懸命に走り回っていた。

「皆の幸福のために尽くすことは、無上の誉れです」と、木枯らしのなか、長男の手を引き、次男を背負い、喜々として活動に励んでいた妻の姿が、懐かしく思い出される。

私は、地区婦人部長・副婦人部長の皆さまのご苦労を、よく知っているつもりである。

小さなお子さんのいらっしゃる方もいよう。

勤労婦人もおられるであろう。

聖教新聞の配達をされている方も、多数いらっしゃる。

そのなかで、来る日も、来る日も、わが使命に燃えて、広宣流布という尊い偉業に献身されている姿は、あまりにも貴い。
その人こそ、人間として最も美しい、真正のボランティアである。

その胸中には、まばゆき歓喜の太陽が輝きわたる。

その境涯は、既に女王であり、その道は、絶対的幸福の大宮殿へと至る。

その労苦は、永遠の福運となり、人格の光彩となって、人生を金色に染め上げる。

地区は、広宣流布の「母港」である。

船が港で燃料や食糧を補給し、勇躍、大海に船出していくように、わが同志もまた、地区から出発し、地区に集う。

地区の繁栄は、学会の勝利である。

地区に足場のない幹部は、漂流する船に等しい。

この母なる港である地区の担い手こそ、地区幹部の皆さまであり、その団結こそが、同志を守る堅固な防波堤となる。

婦人の「地区幹事」を「地区副婦人部長」とさせていただいたのも、「地区婦人部長」と同じ自覚で、さらに、固い団結を築き上げてほしいとの願いからである。

正役職と副役職とは不二の関係にある。心を合わせ、尊敬し合い、協力し合ってこそ、勝利の歯車の回転が生まれる。

二十一世紀は、女性の世紀である。

その開道者の誇りも高く、幸の行進を、花の行進を、虹の行進を!
聖教新聞 1998年9月30日





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  • 中心者も凡夫であるがゆえに、様々な欠点もある

  • 投稿者:テンプ
  • 投稿日:2015年 9月 4日(金)19時19分6秒
  • 編集済
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クジラ様の、大事な投稿が、ありましたので、「池田先生」スレにUPいたします!ビデオカメラ

中心者も凡夫であるがゆえに、様々な欠点もある
投稿者:クジラ 投稿日:2015年 4月23日(木)21時19分53秒返信・引用

SGI欧州アフリカ諸国会議での池田先生のスピーチです(^o^)/
抜粋…87年6月6日

広宣流布が成就された暁には「組織」は必要でなくなるかもしれない。また、広布が進展し、社会との関係性が変化するのにともない、組織形態も変わっていくにちがいない。
各国で、広布の進展と時代社会の状況に応じて、最も適した組織形態を考えていけばよいと思う。それはそれとして、今日、各国で確立されている小さな「組織」が、広布の未来を開いていく源流なのである。

組織があると、それに縛られ、自由がなくなってしまうと、批判する人がいる。しかし、それは、組織の一面的なとらえ方である。
信心は一人だけで全うできるものではない。一人だけの信心は、どうしても自分に妥協し、自分本位の修行になってしまう。

それでは信心の修行にならないし、強じんな精神、清浄な生命への錬磨はできない。
さまざまな人と切磋琢磨し、励ましあってこそ、信心は進んでいくことができる。ここに組織の意義がある。

組織は本来、人間から出発して、人間に帰着するものである。広布の組織は、人間としての錬磨のため、また、信心を強め、深めていくためのものであることを、よくよく知っていただきたい。

一人一人が妙法流布の″源″たれ
御書に「源に水あれば流かはかず」――源に水があれば、その流れは決してかわくことはない――と仰せである。
各国の広宣流布の流れにあって、皆さま方、お一人お一人は、妙法流布への尊い″源″の存在である。
その流れが、悠久の大河へと限りなく裾野を広げていくか、それとも、広布の途上で、わびしく 涸か れてしまうか――それは、すべて″源″の存在である皆さま方の信心と活躍で決まるといってよい。その意味から皆さま方こそ、各国の平和と繁栄の未来のために、最も重要な存在であることを確信されたい。

未来への力強い前進のためには、「団結」こそ肝要である。「団結」なくして、偉大な広宣流布への″源流″となることはできない。ゆえに、何よりも、各国の中心者は、後進の友を、弟や妹のごとく、また親友のごとく、心から大切にしてほしい。
そして友の成長のための真心の励ましを忘れないでほしい。

もちろん、信心の上の誤りを正したり、確信ある指導は大事である。しかし権威で接したり、感情的な言葉で叱咤することはあってはならない。

また、中心者も凡夫であるがゆえに、様々な欠点もある。メンバーの方々が物足りなさを感じたり、誤った行き方だと思う場合もあるかもしれない。
そのさいは、広く、大きな心で、中心者を支え、時に率直に語り合いながら、足りない点を補い合っていただきたい。
ともあれ、仲の良い、異体同心の団結で、広布の大河へと進みゆく、確固たる″源の流れ″をつくりあげていただきたい。

本日は、小さな会場での集いとなった。今後、フランスにも、広布の伸展に伴い、大きな会館が建設されていくと思う。その時には、きょうの集いは、良き思い出となって残っていくにちがいない。
また、ヨーロッパ、アフリカの各国にも、これから、広布の城である会館が建設されていくと思う。それを、発展への節を刻む当面の目標ともしながら、たゆみない前進をお願いしたい。

皆さま方は、久遠元初にあって広布を誓い合い、それぞれ使命の国土に生まれあわせた″地涌の勇者″である。どうか世界中に確かな広布の軌跡と平和の砦を築きながら、永遠に輝きゆく妙法の功労者として、所願満足の人生を飾っていただきたい。

皆さま方は、すばらしき広布の指導者である。大聖人も必ずや御称賛くださるにちがいない。また諸天の加護も絶対にまちがいない。私は、皆さま方のご健勝とご活躍を祈り、題目を送り続けたい。
今回、お会いできなかったヨーロッパ、そしてアフリカの同志の方々に、くれぐれもよろしくお伝えいただきたいことを念願し、本日のスピーチとさせていただく。