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二王後制7

 投稿者:神奈備  投稿日:2018年 2月23日(金)11時15分30秒 ac105065.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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  > No.569[元記事へ]

 物部氏の分派である伊福部氏が銅鐸生産にかかわったと、谷川健一さんが、指摘しています。伊福部の フク は 風を吹かすの吹くで、金属を溶かしたり、精錬したりするための鞴(ふいご)を動かすことです。青銅を溶かして型に鋳流し込む、そうして銅鐸が造られました。伊吹山の麓の関ヶ原の東に垂井と言う地名があります。ここに伊富岐神社があります。伊福部氏の氏神です。近くから銅鐸が出土しています。
 伊福部神社は雷神として祀られています。銅鐸と雷、関係ありそうです。

 民俗学の谷川健一さん、故人ですが、『青銅の神の足跡』と言う名著があります。この中に 伊福 と言う土地の近くから銅鐸の出土が多いこと、また 伊福 という土地に鉱山がおおいことを述べております。

 枚方の川向こうの北側になりますか、茨木市の東奈良遺跡から銅鐸の鋳型が出土しています。茨木市から銅鐸5個、高槻市 2個、豊中 2個、吹田市 1個 出土しています。

 銅鐸祭祀は-150年頃から始まり、当初は聞く銅鐸すなわち鳴らす銅鐸でした。紀元ゼロ年頃、聞く銅鐸が埋められました。銅鐸が地上から姿を消した時代があったようです。それから、銅鐸は大型化をして、所謂見る銅鐸の時代が来ました。銅鐸祭祀が各地方に及ぶ時代です。銅鐸時代が後期になると、南紀や駿河や遠州で大きい銅鐸がつかわれたようです。
 銅鐸の県別の出土数です。
兵庫県 56点 島根県 54点  徳島県 42点  滋賀県 41点  和歌山県 41点

 島根県に多いのは、大国主を奉じる人々も銅鐸祭祀に参加したということでしょう。
 
 
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