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二王後制8

 投稿者:神奈備  投稿日:2018年 3月13日(火)09時42分4秒 ac105065.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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  > No.570[元記事へ]

 銅鐸祭祀はヒミホの登場の頃に終わっています。お祭りは鏡に移っていったのでしょう。

 銅鐸の分類に入らない銅鐸、小銅鐸があります。高さ15cm以下のものとされています。銅鐸の時代が終わり、古墳時代にはいっても、小銅鐸のお祭りがなされていました。それが、お墓かも出ています。個人的に崇拝していたのかもしれません。これを隠れ銅鐸信仰と呼ぶことができます。千葉県、東京都、大阪府など。


 さて、紀伊国造の話にもどります。

 饒速日の降臨にお供をした天道根命は、紀伊の国造を神武天皇から任じられています。天道根命は神皇産霊命の五世孫。天神。これは、物部氏の伝承をまとめた『先代旧事本紀』のなかの『国造本紀』にでています。
【先代旧事本紀】国造本紀
紀伊国造 神武朝の御世に、神皇産霊命の五世孫の天道根命を国造に定められた。

 紀の国に伝わる伝承では、天下った際、紀の川の下流の木之本に立ち寄り、日前宮の日像鏡を祀り、それから琴浦におもむき、毛見に至ったとあります。
木本八幡宮 和歌山市西庄
濱宮(はまのみや) 和歌山市毛見

『紀伊国造家譜』に次のような所伝がある。

 紀国造家に伝わる『国造家譜』に次のように書いてあります。『紀伊続風土記』に採録。
 ① 紀伊の一の宮である日前国懸神が天降りました時に、天道根命は従臣としてつかえ始めた。
 ② 神武東征の時、両大神の神徳によって群慮を平定し、その賞として天道根命は紀伊国を賜り、国造に任じられてより、両大神に奉仕した。

 また『先代旧事本紀』の『天神本紀』には、饒速日尊の天降りに防衛[ふせぎまもり]として天降り供へ奉る三十二神の一人柱として天道根命の名がみえます。天道根命がお供をしたのは、日前国懸神であり、それは即ち饒速日尊でもあったのです。
 
 
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