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Re: 渤海国 4

 投稿者:神奈備  投稿日:2018年10月 5日(金)09時11分2秒 ah201220.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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  > No.595[元記事へ]

我が学生、高内弓、其妻高氏、及び男(むすこ)広成、嬰児一名、乳母一人並びに入唐学問僧、優婆塞一名渤海より転じて相随いて帰朝す。海中嵐にあい、舵師、水手、波のために没せられる。時に鎌束議して曰く、異方の婦人今船上にあり、またこの優婆塞、衆に異なり一食数粒にして日を経て飢えず、風漂の災は必ず是によるにあらずや、乃ち水手をして内弓が妻、並びに嬰児、乳母、優婆塞の四人を掴み上げて海に投げうつ。漂流十日にして隠岐の国に着く。
 それにしても、毎年に近いペースで入京してくる渤海使について、その滞在費や接待、朝貢への返礼と国家財政に関わる程になり、渤海使の受け入れの是非まで問題とされた。
 七六三年、第六回の渤海使、淳仁天皇は五位以上と渤海使、それに百官の主典(令制官職の四等官のうち最下等の官)を朝堂に集めて宴会を開いた。
822年淳和天皇の代になると、入朝は一紀(12年)に一度と通告し、来ていた使節を入京させなかった。蒙古犬ら4匹のみを受け入れた。
 
 
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