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Re: 弥生の歴史観(かたばみ式)

 投稿者:かたばみ  投稿日:2018年10月 9日(火)21時53分7秒 ad058001.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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  > No.594[元記事へ]

神奈備さんへのお返事です。

「おまる」を辞書で調べたら御虎子と書くんですね。
読めっこない、なぜ??
いつの時代かの学者先生のお遊びだと思うです。
おまるってどんな字を書くんでしょ、と聞かれた先生ちと考えた。
御麿や御丸じゃ失礼じゃな・・大切なもの・・そうだ虎の子だ。
本来は「放」マルなのでしょうけど、ご存じなかったのでしょう(^^;

佐賀県の唐津の語源は?
カラの音がまずありきでよいと思います(倭語といってもよいか)。
意は外国でしょう、カラツは外国と交る港といったところか。

天之忍穂耳到来当時の外国の認識は縄文時代からの延長で「対馬海峡の向こう側」半島南部を示し、それが外国カラだった。
(秦BC200頃の中国側からも蓬莱など徐福たちの知識がせいぜいでしょう)
後の半島南部の駕洛国(伽羅、伽耶諸国のひとつ)も本来は列島から見ての外国の意かもしれない。
漢字の一般化と唐の登場と伽耶の消滅にともなって新たに唐の文字をあてたのだと思います。
唐揚げは? 某国共産党を油で揚げること。日本唐揚協会なんてのがあるんですね。

ちなみに推古紀で随の裴世清を「大唐の使者」と書いていますが大唐ダイトウではなくオオカラと読ませるのだと思います。
「聖徳太子」以前の隋や唐を意図的にあいまい化するためです。
倭王五代-筑紫の磐井-欽明-用明の九州系大王による中国との交流を消去する、という編纂者の思惑によるもの。
神武から飛鳥奈良に至る正当な王朝は近畿のみとしてその権威を確立する(作り出す)必要があった。
結果、諸外国との交流を全く書けず、史書としては通用しなくなったけれど。
武家時代になっても権威を持続できたことで、思惑は成功したといえそうです。


>先日NHKでごぼうら貝を沖縄から列島へ運んだ筋骨隆々の縄文人の話

肥前国風土記の「美彌良久」、「五島の海士は隼人に似て騎射を好み」とありますね。
神武の5人?の子の名にはすべて「耳」がつく。
母が玉依姫(海系隼人?)であろう子ならいざ知らず、母が出雲娘であろう子にまで。
よほど神武にミミへのこだわりがあったのでしょう。
天之忍穂耳、だろうな。

魏志倭人伝に登場のミミは耳ではありませんから、ミミという倭語?に当て字したもの。
書紀での名の「耳」が編纂者の考えだとしても、ミミの音は耳の意であっておかしくない。
魏志倭人伝で「倭の風俗は儋耳タンジ・朱崖の俗に似る」とあります。
儋耳タンジ、朱崖は中国の海南島付近とされます。
タンは担ぐの意、耳をかつぐ人々、大耳ですね。
参考図 伎楽面の呉公 他にも耳のでかい面あり

屋久島の横峰遺跡、縄文後期に300年ほど継続らしい。
100戸もの住居跡があるけれど漁労具も農耕具も出土していない。
ヤクタネゴヨウ(松)の破片?がたくさん発見されています。
丸木舟を生産する工場だったと考えています。

ゴホウラ貝で大もうけする海人が発注した、北前船の祖先(^^;
南西諸島の海人か?九州南岸の隼人系海人か?
ま、島根半島あたりから東北方面は別の海人にバトンタッチだと思いますけど。

屋久島の一湊松山遺跡では曽畑式土器(縄文前期)~市来式土器(縄文晩期)出土。
曽畑式は鳥取県から沖縄本島にかけて出土する土器です。
鳥取~沖縄、この範囲に同一文化を持つ人々が暮らしていたわけです。

「大国主と因幡の白兎神話」とは「大己貴と少彦名たちによる医療技術の伝播伝承」のこと。
(記紀が大己貴と大国主を同一名であると改ざんしたために大国主神話に変化してしまった)
因幡の白ウサギのワニはイリエワニのこと。
(イリエワニは海も渡る最大級のワニ、フィリピンなど東南アジアに生息)
ただし因幡にイリエワニがいたわけではない。
同じ文化圏に伝わっていたワニの話が鳥取に残り、それが医療と重なって神話化したもの。
筋肉隆々の海人が白ウサギとつながっているのであります。

http://www.ne.jp/asahi/woodsorrel/kodai/

 
 
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