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皇極天皇の譲位について 3

 投稿者:神奈備  投稿日:2019年 4月 1日(月)16時51分56秒 ah224026.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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3.皇極の即位事情
 舒明崩御時には「大兄」と呼ばれる皇子は3人。古人大兄、山背大兄、中大兄である。中大兄は未成年、古人大兄、山背大兄は有力な皇位継承者。大兄とは皇位の業務の一部を分掌していた。古人は内政、山背は外交。大王に集中・体現された権力とは伴造・部民制を構成した大王に対する個々の貢納・奉仕の関係を総括したものであった。大兄はこの一部を任されていた皇子の称号と考えることができる。皇太子の意味ではない。
 大后は大王の身内の女性に限られ、大王と共に王権を共有していたので、その政治経験は大兄達とは比べ物にならないほど大きかった。大王の死後の大王候補の有力な候補となりえたのである。この時代は皇位も安定しており、武力に優れていることは王位に必要条件ではなかった。推古天皇のように女性も大王になりえたのである。皇極が有力な二人の大兄を差し置いて大王位をついだのである。
 やりたいことがあり、皇位を望んだのであろう。加えて息子の中大兄皇子に引き継ぎたいと思っていたはずである。
 
 
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