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古市百舌鳥古墳群について

 投稿者:神奈備  投稿日:2019年 7月29日(月)14時20分52秒 ah227156.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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  1 岸本直文氏の一連の論文から。
先ず、箸墓古墳以降の倭国王墓を取り上げ、前代のものを元に仕様を更新し、変化を遂げるが、これらを整理すると、箸墓に始まる主系列(神聖王慕)と桜井茶臼山古墳に始まる副系列(執行王慕)に分れることを明らかにした。これによりオオヤマト古墳群から佐紀古墳群へ、また古市・百舌鳥古墳群、さらにこの末期群と継体との関係など、2系列の併存関係を示した。

2.古市・百舌鳥古墳群最初の大王慕は津堂城山古墳であり、被葬者像は、ホムダワケの人物像に合致する。ホムダワケは新たな王統の始祖とされるが、それをささえた集団は南山城を基盤とし、佐紀政権の権力基盤そのものであることから、ホムダワケは佐紀政権に連なる人物と考えられる。そして、神功凱旋時のカゴサカ王・オシクマ王の抵抗と敗北は、佐紀の王権を打倒した内乱とみる。津堂城山古墳の被葬者は、四世紀後半の半島と河内での活動により、日向など各地諸勢力と結びつきをもち、河内における権力基盤を形成しクーデタを敢行したのではないか。これにより河内政権が樹立される。


 
 
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