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古市百舌鳥古墳群について5

 投稿者:神奈備  投稿日:2019年 8月 2日(金)09時43分41秒 ah227156.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
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7.倭の五王
 この時代に南宋に遣いを出した五人の大王の名が記載されている。

421 倭王讃        朝貢   仁徳427
425 倭王讃        遣使   仁徳427
430 倭王  讃か     朝貢          ┏ 倭王讃  仁徳
438 倭王珍        朝貢   宇治     ┗  倭王珍  宇治
443 倭国王済       朝貢   允恭454            済王済
451 倭国王済      将軍位  允恭454
462 倭国王の世子興   将軍位   木梨軽皇子       ┏ 倭王興 木梨
477 倭国王 武か    朝貢   雄略 己巳 489  倭王済 ┫
478 倭王武       将軍位  雄略 己巳 489           ┗ 倭王武 雄略

 国の代表は卑弥呼がそうであったように、神聖王の系列に属する王の名で行われるのが普通である。『宋書』では、倭王珍と倭王済との繋がりが書かれていない。と言って、王朝の交代があったとは断言できない。倭国王の系譜にそれほど関心があったというよりは、倭と言う王家から出た王達との認識であった様に思われる。
 雄略天皇は市辺押磐皇子を殺害と『紀』にあるように、倭王家の中でも他者を排斥して来ている。恐らく、木梨軽皇子の神聖王の地位をも奪ったのであろう。神聖王倭王武として南宋と交渉したのだろう。

以上
 参考書
『史跡で読む日本の歴史』古墳時代 岸本直文
『講座日本の考古学』古墳時代下 広瀬和雄
『大王から天皇へ』熊谷公男
『豊中歴史同好会誌:つどい285』岸本直文
 
 
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